「家族信託」という言葉を聞いたことがありますか?
実は今、「家族信託」が相続関連の検索で急上昇中のワードなのです。
家族信託は、明治以降から存在しているシステムです。
長い間あまり知られていない存在でしたが、平成19年に新信託法が施行され、信託の概念・制度がより明確になったことで、次第に注目を浴びるようになりました。
今回は、この「家族信託」の仕組みとメリットについてみていきましょう。
目次
「信託」とは?
まず「信託」とは何か知っておきましょう。
信託とは、一言で言えば
「自分の財産を信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらうシステム」
のことです。
信託の仕組み
信託は、基本的に「受託者」「委託者」「受益者」の三者から成ります。
- 委託者…財産を預ける人
- 受託者…財産を預かって管理・運用する人
- 受益者…財産から生じる利益を得る人
委託者は、自分が持つ財産を受託者に託します。これを「信託する」といいます。
例えば、認知症にかかってしまったAさん(委託者)の財産を、親友のBさん(受託者)が管理・運用し、お金や利益をAさんの子どもCさん(受益者)に渡す、というような使い方をします。
信託の特徴
信託の最も大きな特徴は、
委託者の財産の所有権は受託者に移り、受託者が信託された財産の所有者となること
です。そして、信託された財産は、受託者が受益者のための財産として管理・運用します。
「えっ、信託したら、財産は自分のものではなくなるの?」と心配になるかもしれませんね。
でも、そうではないんです。
所有権には「管理をする権利」と「利益をもらう権利」がありますが、この2つのうち、“管理をする権利のみ”第三者に移すのが信託です。
つまり、不動産の管理、株や預貯金などの運用は信頼できる誰かに任せて、家賃や売却金、利益などは所有者が得られるわけです(※自益信託=後述します)。
人の大切な財産を管理する受託者には、委託者・受益者への大きな責任があります。
そのため、信託は「信託法」や「信託業法」などの法律に基づいて、様々な厳しい義務が課せられています。
信託財産と信託目的
信託財産
委託者から受託者に信託された財産を「信託財産」といいます。
信託できる財産に決まりはなく、お金や有価証券、不動産など、金銭的価値のあるものなら何でも信託することができます。
信託目的
信託財産を、“誰のために”、“どのような目的で”、“どのように管理・運用するか”(信託目的)は、委託者が自由に決めることができます。
信託は、基本的に委託者、受託者、受益者の三者の関係から成りますが、委託者自らが受益者になることもできるのです。
たとえば、認知症のDさんが知人Eさんに財産を信託し、EさんがDさんの生活のために信託財産を管理する、というような使い方ができるわけです。
このように、委託者と受益者が同一人物の信託を「自益信託」といいます。認知症になってしまった時の備えとして便利な制度ですね。
ちなみに、委託者と受益者が異なる信託は「他益信託」といいます。
家族信託とは?
「家族信託」とは、委託者が、受託者として信頼できる家族を指名し、受託者となった家族が財産を管理・運用するシステムです。
これまで、認知症などになってしまった場合、受託者のような役割は成年後見制度によって行われてきました。
しかし成年後見制度には、毎年、家裁への報告義務があったり、資産の積極的活用や生前贈与・相続税対策ができないなどの大きなデメリットがありました。
また、親御さんが亡くなると、銀行口座は凍結され、不動産も簡単に売却できなくなってしまいます。
でも、家族信託を行っていれば、財産は受託者の管理下で動かすことができます。
たとえば葬儀費用を親御さんの財産から支払ったり、相続の際のトラブルを避けるために不動産を売却して現金にしておくなどといったことが可能になるわけです。
- 家族信託のメリット①~柔軟な財産管理ができる
- 家族信託のメリット②~委託者の意向に沿った資産継承ができる
- 家族信託のメリット③~次相続以降の資産承継者の指定が可能
- 家族信託のメリット④~コストパフォーマンスが高い
家族信託のメリット①~柔軟な財産管理ができる
元気なうちから資産の管理・処分を託しておくことで、委託者が判断能力を失っても本人の意向に沿った財産管理を行うことができます。
さらに、管理だけでなく、資産運用(不動産の売却、アパート建設、買い替えなど)も、受託者である家族の責任と判断で可能となります。
土地などの不動産は、名義人の同意がなければ売却することができませんが、家族信託をしておけば、家族の判断によって売ることができます。
また、遺産相続時に難しい問題となるのが不動産です。これをあらかじめ現金にしておくことで、遺産相続がスムーズになります。
家族信託のメリット②~委託者の意向に沿った資産継承ができる
受益権を誰に相続させるか、あらかじめ決めておくことができます。
たとえば、お父さまが亡くなって相続が発生した時、通常の相続では、お母さまが認知症になったりした場合、遺産の管理が難しくなりますね。
しかし家族信託では、“管理は長男が行い、収入や利益はお母さまに渡す”というような形に設定できるのです。
この形にしておけば、たとえお母さまが判断力を失っても長男が財産をしっかり管理できるので安心です。
家族信託のメリット③~次相続以降の資産承継者の指定が可能
遺産相続で大きな問題となるのは、何と言っても不動産です。
家族信託は、共有問題や将来の相続など、紛争を予防するために活用できます。
不動産は、通常、共有者(法定相続人)全員の同意がないと処分できません。
また、不動産を処分せず共同相続した場合も、将来的に同じ問題が生じます。
そこで、家族信託によって管理処分権限を共有者の一人に集約させることで、共有者(または共同相続人)としての権利は平等に保ちながら、不動産を管理・運用することができます。
家族信託のメリット④~コストパフォーマンスが高い
不動産を例にとると、これまで、不動産の管理をすべて引き継がせるには、所有権をまるごと移す「生前贈与」が主流でした。
生前贈与では主有権も受益権も相手に渡ることになるうえ、多額の贈与税がかかります。
さらに不動産の場合は、不動産取得税や登録免許税という税金もかかり、生前贈与はコストが高いのです。
でも、家族信託の場合、贈与税はかかりません。
あくまで管理する権利だけを移すので、受益権もそのままです。
贈与税と不動産取得税も非課税です。
登録免許税だけはかかりますが、生前贈与の2%に比べ、5分の1の0.4%で済むのです。
また、成年後見制度を利用する場合も、意外にコストがかかります。
後見の報酬として月額2万円~6万円ほどかかり、さらに後見監督人をつけなければならない場合には、月額1万円~3万円ほどプラスされてしまうこともあるのです。
しかも、後見制度は一度開始したら、途中でやめることはできません。
その人の判断能力が完全に回復するか、または亡くなるまで続けなくてはならないのです。そのため、非常に長い期間コストがかかり続けてしまうケースも出てきます。
そういった点でも、家族信託は費用が非常に低く、コストパフォーマンスが高い方法と言えるでしょう。
家族信託の手続き方法
メリットの大きい家族信託。いざ、利用する場合にはどうしたらいいのでしょうか。
- 家族信託を行う目的を考える
- 信託契約の内容を決めて書面にする
- 不動産の名義変更をする
- 信託専用口座を開く
家族信託を行う目的を考える
まずは、家族信託の目的を考えましょう。
何のために家族信託を行い、自分自身や家族のために、財産をどうしたいのかという目的をはっきりさせることが大切です。
たとえば、
- 高齢者が認知症や病気で意思判断能力が低下したときに備えで財産を家族に託しておきたい
- 認知症の妻に財産を遺して後見人をつけなくて済むようにしたい
- 自分の死後、障害のある子どもの生活を保障したい
など、目的は人によって様々です。
家族でよく話し合い、家族信託を行う目的を明確に決めましょう。
信託契約の内容を決めて書面にする
家族信託を行う目的が決まったら、「家族信託の内容」をどのようなものにするのかを考えます。
ここでもう一度、家族信託・遺言・任意後見などと比較して、「本当に家族信託がベストな選択なのか」ということを慎重に検討しておきましょう。
この場合、知識や実務経験が豊富な専門家に意見を聞きながら検討するのがお勧めです。
信託財産に不動産がある場合は、信託契約締結後に登記手続きを行う必要があるため、この段階で専門家に依頼すればスムーズです。
さて、家族信託がベストな選択であると納得できたら、以下の項目について取り決めます。
- 信託目的…家族信託によって財産管理をする目的
- 委託者…財産を預ける人(財産の所有者)
- 受託者…財産を預かり、管理する人
- 受益者…信託した財産から得られる利益を受ける人
- 第二受託者…当初の受託者(3の受託者)が信託財産の管理をできなくなったとき、次に管理を行う人
- 第二受益者…当初の受益者(4)の次に受益権を持つことになる人
- 信託財産…預ける財産(現金、預貯金、不動産、有価証券など)
- 信託期間…信託契約を継続させる期間
- 信託契約を継続させる期間…信託期間終了後に信託財産を取得する人。「相続人で協議する」とすることも可能
以上の内容が決まったら、「信託契約書」という書面にします。
信託契約書は個人で作ることももちろんできますが、間違いがなく信用できる書面にするため、公正証書にすることがお勧めです。
公正証書にすれば、
- 公証人が確認するため、誤字や表記の間違いを防げる
- 公証人が本人の意思確認をするため、のちのちトラブルになりにくい
この点は遺言を作る場合も同様ですが、遺言の場合、本人が「はい」とさえ言えれば、たとえ認知症であっても遺言が作れてしまうため、悪用される可能性があります。
しかし、家族信託の場合は本人が元気なうちに契約するため、トラブルが少ないと言えます。
- 信託契約書を紛失しても、再発行ができる
- 金融機関で信託口座がスムーズに作れる
といったメリットがあります。公証役場に支払う手数料はかかりますが、間違いのない契約書が作れるので利用した方がベターです。
公正証書にする場合は、委託者・受託者の実印と印鑑証明書(発行から3ヶ月以内のもの)、固定資産課税証明書、固定資産評価証明書、不動産登記事項証明書など財産に関する資料、また、戸籍謄本など家族に関する資料の提出が必要です。
不動産の名義変更をする
信託財産の中に不動産がある場合は、信託契約の締結後、すぐに不動産の名義変更をしましょう。
名義変更は、不動産の所在地を管轄している法務局へ登記申請をします。
でも、家族信託に関する不動産の名義変更はかなり難しいので、司法書士など専門家に依頼するのがベストでしょう。
不動産の名義変更には、委託者の実印と印鑑証明書(発行から3ヶ月以内のもの)、受託者の認め印と住民票、固定資産税評価証明書、登記済権利証書が必要となります。
信託専用口座を開く
信託財産の中に現金や預貯金がある場合、委託者の預金口座にある預金をそのまま信託することはできません。
また、信託されたお金と受託者個人のお金を明確に区別するため、信託されたお金は「信託専用の口座」で管理しなければなりません。
そのため、信託契約を締結したら、すみやかに「信託専用の口座」を開き、そこにお金を移しましょう。
信託専用の口座は、信託財産の管理口座であることを明確にしておく必要があるので、本来は
「委託者 佐藤一郎 信託受託者 佐藤花子 信託口」
というような名義で口座開設します。これを「信託口口座」といいます。
しかし、このような信託専用の口座を開設してくれる金融機関は、今のところあまり多くありません。
また、口座を開ける可能性のある金融機関であっても、各金融機関で要件があるので、事前に確認しておきましょう。
家族信託を利用する際は専門家にご相談を
認知症にかかる高齢者がますます増えていくと言われている現在、家族信託を利用する人は増えていくと考えられます。
様々なメリットがある家族信託ですが、唯一デメリットがあるとすれば、現時点ではまだまだ家族信託に精通している専門家が少ないということではないでしょうか。
家族信託について相談する先は、司法書士、弁護士、税理士などが考えられます。
複数の専門家に問い合わせて知識や実務経験が豊富な専門家を探しましょう。それが家族信託を成功させる秘訣です。