もし、親が認知症にかかってしまったらどうしますか?
高齢化が急速に進む日本。
認知症を発症する高齢者は、ますます増えています。
認知症を発症してしまうと、さまざまなトラブルが起こると考えられます。
その中でも深刻なのは、財産の管理に関する問題ではないでしょうか。
親が亡くなったあとの相続はもちろん、存命中に必要になるお金をどうするのかは大きな問題です。
認知症になってしまった時に備え、親が元気なうちから財産の扱われ方や問題の解決策を話し合っておくことは大切です。
今回は、その方法の一つ「家族信託」について見ていきましょう。
親が認知症になったら、財産はどうなる?
脳は、人間のあらゆる活動をコントロールする司令塔のようなものです。
認知症を発症するとその指令がうまく働かず、精神活動や身体活動がスムーズに運ばなくなります。
脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりするなど認知症の原因はさまざまですが、いろいろな障害が起こり、生活に支障が出る状態がおよそ6ヶ月以上続くと、認知症と判断されます。
認知症は、その事象についての記憶が全て抜け落ちてしまいます。
たとえば、何かものを取りに行って、何を取りに行ったか忘れてしまうといった物忘れは、加齢による自然な現象であり、健康な人でもあることで、認知症ではありません。
芸能人の名前が思い出せない、というのは単なる物忘れですが、認知症の場合は、その芸能人の存在自体を忘れてしまいます。
また、夕飯のメニューが思い出せないのは物忘れですが、夕飯を食べたこと自体を忘れてしまうのが認知症です。
このように、認知症になると、ものごとに関する記憶が全て抜け落ちてしまうため、周りの状況を理解したり、自分の意思を明確にして行動するということができなくなってしまいます。
そのため、認知症を発症すると、銀行は本人の財産を守るために、口座を凍結します。
すると、認知症になった親の代わりに子が銀行からお金を引き出すことができなくなり、財産の管理や処分が一切できなくなってしまうのです。
口座が凍結されると、親の入院費や治療費、葬儀費用などを親の口座から支払うことができなくなってしまうため、全国銀行協会は2020年3月、各銀行に対して,認知症患者の預金を家族が引き出しやすくなるよう通達を出しました。
また同時に、預金者本人の生活費、入院や介護施設費用などのために資金が必要で困った場合は、取引銀行窓口に相談するよう呼びかけています。
とはいえ、これは一時的な対応で、預金者本人以外が継続的に預金の引き出しを希望する場合には「成年後見制度」の利用を勧めています。
成年後見制度とは?
「成年後見制度」とは、認知症や精神障害などによって判断能力が低下してしまった人を法的に支援する制度です。
この制度を利用すると、判断能力が低下してしまった人のために、親族や弁護士、司法書士などが本人に代わって財産管理や契約行為を行うことができます。
後見制度には二つの種類があります。
本人が元気なうちから、将来、自分が認知症になってしまった時のために、後見人を選んでおくことのできる「任意後見制度」と、既に判断能力が低下してしまったあとに、後見人を家庭裁判所が選ぶ「法定後見制度」です。
どちらの制度を利用した場合でも、後見人が本人の代わりに、介護施設の入居の手続きや、銀行での預金の出入金が行えます。
しかし、もし、その人の不動産を売却したいような場合には、後見人はその人の不動産を売却する手続きはできません。
後見人の役目は、その人の財産を守ることであり、財産を運用するではないからです。
合理的な理由がない場合、家庭裁判所から売却の許可が下りる可能性は低く、不動産を売却することも建替えたりすることもできなくなってしまいます。
つまり、認知症になってしまうと相続対策はできなくなると考えた方がよいでしょう。
家族信託とは?
親が認知症になってしまっても、必要なお金を引き出したり、財産を管理したりするには、どうすればよいのでしょうか。
近年、「家族信託」が、認知症への対策として非常に注目されています。
「財産管理ができるのは、その財産の所有者だけ」ですが、家族信託を結べば、「財産の所有権のうち、管理する権利だけを信頼できる家族に任せる」ことが可能になります。
この制度では、資産を家族に預ける立場の人を「委託者」、財産を預かって管理・運用・処分する権利を持つ家族を「受託者」、その財産から利益を受ける人を「受益者」と呼びます。
受託者は、委託者の信託目的に従って受益者のために財産を管理し運用します。
たとえば、高齢の父親がマンションを持っていて、この管理を子に信託するとしましょう。
「受託者」である子は、父に代わってマンションを管理し、入居者から家賃を受け取ったり、賃貸借契約などの手続きを行ったりします。 ただし、子はあくまでもマンションを管理する役割であり、マンションの収益を自分の収入にできるわけではありません。
マンションの家賃などの利益は、信託契約で定めた「受益者」のものになります。
受益者を父親自身に定めた場合は、家賃は父親の収益となります。
受託者本人以外の人を受益者として指定することもできます。
たとえば、父親が亡くなったあとの受益者を母親に指定すれば、マンションの管理は信頼できる子に任せ、収益はそれまで通り親の生活費に充てられるというわけです。
「家族信託」と「成年後見人」との違いとは?
繰り返しになりますが、認知症などで判断能力が低下した人を法律的に支援するための制度として「成年後見制度」があります。
成年後見制度は、親が認知症になってしまってからでも、家庭裁判所へ申し立てを行えば成年後見人を選任してもらうことができます。
それに比べ、家族信託は、親が認知症になる前に行う必要があります。
しかし、財産管理や処分の方向性について、親自身の意思を最大限、反映できるというメリットがあります。
親が認知症を発症してからでも利用できる成年後見人制度ですが、成年後見人の役割は財産を本人に代わって維持・管理することであり、負担と制約が多いというデメリットがあります。
後見人への報酬として、月額で2万円~6万円ほどが必要です。
さらに後見監督人をつけなければならない場合には、さらに報酬が月額1万円~3万円ほどかかってしまうことがあります。
また、後見人には「家庭裁判所への定期報告による事務負担」があります。
成年後見人は、家庭裁判所に定期的に報告をしなければなりません。
しかも、後見制度は、その人の判断能力が完全に回復するか、その人が亡くなるまで、後見制度を途中でやめることはできません。
そのため、場合によっては非常に長い期間、コストや負担がかかり続けてしまうケースもあるので注意が必要です。
家族信託は認知症になる前にしておこう
何の対策もせずに親が認知症になってしまうと、財産が凍結されてしまい、子は親の財産を管理できなくなります。
親の財産を管理するという意味では、成年後見制度を利用することもできますが、制約や負担が大きくかかってしまいます。
家族信託は、親が元気なうちにできる財産管理方法です。
なぜなら、親の意向を最大限、反映させるためには、親の判断力がしっかりしている必要があるからです。
また、判断能力のない人は契約行為を行うことができません。
家族信託も契約行為なので、認知症で判断能力を失った人は信託契約を締結できず、家族信託ができないということになります。
親が元気なうちに家族信託を結んでおけば、親が認知症になってしまっても、財産の管理や処分に関するリスクを軽減でき、さらに親の意向を反映させた管理ができるのです。
認知症になってからの財産管理方法は非常に限られています。
そのため、家族信託は、認知症対策として非常に有効な制度であると言えるでしょう。
まとめ
親が元気なうちに契約を行うということは、親が将来、認知症になるかもしれないという前提のもとで話し合うということです。
ここに、抵抗を感じる人もいるかもしれません。
しかし、未来はどうなるか予測できません。
親は認知症を発症するかもしれないし、しないかもしれません。
だからこそ、いざという時にあわてないよう、備えておくことが必要なのではないでしょうか。
家族信託は、財産管理の手段としては、まだ新しい方法です。
そのため、制度の運用にあたって、将来的なトラブルを予測しにくいといえます。
手続きをスムーズに進めるためには、弁護士や司法書士などの法律の専門家に相談するのがおすすめです。