もしも、自分の親が認知症にかかってしまったら……。
40代、50代に入ると、そんな悩みを抱え人が増えてくるのではないでしょうか?
2014年、厚生労働省が発表した「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」によると、認知症の高齢者は今後ますます増加し、2025年には65歳以上の約20%が認知症を発症すると予測されています。
いまや認知症は、どの家庭にとっても他人事ではない時代になっているのです。
そこで、親が認知症にかかってしまった場合の財産管理や相続について考えてみましょう。
認知症の基礎知識
- 認知症とは?
- 「三大認知症」とは?
- 認知症は治らないの?
認知症とは?
年齢を重ねると、誰でももの覚えが悪くなったり、人の名前などが思い出せなくなったりします。こうした「もの忘れ」の原因は脳の老化です。
しかし、認知症は病気によって脳の神経細胞が壊れるために起こるものであり、老化が原因ではありません。
認知症が進行すると、理解する力や判断する力がなくなっていき、社会生活や日常生活に支障が出るようになります。
「三大認知症」とは?
認知症は、1種類だけではありません。認知症のほとんどが「三大認知症」で、この3種類で認知症全体の約85%を占めるといわれています。
アルツハイマー型認知症
認知症のおよそ半数を占めるのが、アルツハイマー型認知症です。
もの忘れから発症に気付くことが多いようです。
新しいことが記憶できない、少し前のことを思い出せない、時間や場所がわからなくなるなど、今までできたことが少しずつできなくなっていきます。
また、誰かに物を盗まれたという妄想が起きたり、徘徊などの症状が出ることもあります。
[アルツハイマー型認知症の原因]
ベータ蛋白、タウ蛋白という異常な蛋白質が脳にたまって起こります。
神経細胞が死に、脳が萎縮してしまいます。
記憶を担っている海馬という部分から萎縮が始まり、次第に脳全体に広がって行きます。
[アルツハイマー型認知症の主な症状]
新しく経験したことを記憶できず、すぐに忘れてしまいます。
また、日付や今いる場所、家族の顔などがわからなくなることもあります。
料理やおつりの計算ができなくなったり、無関心、妄想、徘徊、抑うつ、興奮しやすくなったり暴力的になるなどの症状が現れることがあります。
レピー小体型認知症
認知症全体のおよそ20%がこの型です。
幻視や、眠っている間に怒鳴ったり、奇声をあげたりする異常言動などの症状が目立ちます。
頭がはっきりしたり、ボーッとしたり、日によって変わることも大きな特徴です。
身体的には、手足が震える、小刻みに歩くなどパーキンソン病のような症状がみられることもあります。
[レピー小体型認知症の原因]
脳の神経細胞の中に「レビー小体」と呼ばれる異常な蛋白質の塊がみられます。
このレビー小体が大脳に広く現れると認知症になってしまいます。
[レピー小体型認知症の主な症状]
注意力がなくなる、ものが歪んで見えるなどの症状が現れます。
時間帯や日によって、頭がはっきりしていて物事をよく理解・判断できる状態と、ボーッとして極端に理解力や判断力が低下している状態が入れ替わって起こります。
また、実際にはないものが見える「幻視」という症状が現れることもあります。
見えるものは小動物や人である場合が多く、「ネズミが壁を這い回っている」「知らない人がそこに立っている」など、具体的に話します。
眠っているときに大声で叫んだり、奇声をあげるなど異常言動が見られることもあります。
気持ちの面では、気分が沈み、悲しくなって、何に対しても意欲が低下することがあります。
このような抑うつ症状は、レビー小体型認知症の人の約半数にみられるといわれています。
身体面では、動作が緩慢になる、無表情になる、筋肉がこわばる、前かがみで小刻みで歩く、倒れやすいなど、パーキンソン病のような症状が現れます。
レビー小体型認知症は、人によって症状の出方が違うこと、時間帯や日によって症状が変わるために、診断が難しい病気です。
血管性認知症
認知症全体の15%を占める型で、脳梗塞や脳出血などによって発症する認知症です。
脳の場所や障害の程度によって症状が異なります。
そのため、できることとできないことがはっきり分かれていることが多い認知症です。
[血管性認知症の原因]
脳の血管が詰まる「脳梗塞」や血管が破れる「脳出血」など脳血管に障害が起き、その周りの神経細胞がダメージを受けることによって起こります。
脳の画像を見ると、障害の跡がわかります。
[血管性認知症の症状]
障害される能力と、残っている能力があります。
判断力や記憶は比較的保たれています。
「せん妄」が起き、突然、認知機能が悪化することがあります。
また、意欲や自発性がなくなったり落ち込んだりすることがあります。
感情の起伏が激しくなり、些細なきっかけで泣いたり興奮したりすることも。
身体面では、脳血管障害によって手足に麻痺や感覚の障害など神経症状が現れることがあります。
認知症は治らないの?
認知症の症状があっても、もとの病気を治療すると治ることもあります。
脳脊髄液が脳室に過剰にたまり、脳を圧迫することによって起こる正常圧水頭症や、頭をぶつけたりしたときに頭蓋骨と脳の間に血の固まりができ、それが脳を圧迫して起こる慢性硬膜下血腫などは、治るタイプの認知症です。
その他、脳腫瘍、甲状腺機能低下症、栄養障害、薬物やアルコールに関連するものなどは、原因を取り除けば改善されます。
こうした病気は、早期発見・早期治療が大切です。
もし「認知症かな?」と思ったら、早めに専門医を受診するようにしましょう。
認知症と財産管理に関するリスク
認知症にはさまざまなリスクがあります特に財産管理や相続に関して、大きなリスクがあると考えられます。
- 預金が下ろせない
- 実家が売却できない
- 財産の全容が把握できない
- 遺言を残せない
預金が下ろせない
認知症になると判断能力が低下することから、金融機関はトラブルを防ぐために口座を凍結します。
口座が凍結されると、親の日々の生活費や介護サービス等の支払い、病院の入院費が払えない、という事態につながってしまいます。
実家が売却できない
実家の所有者が認知症となった親であった場合、売買契約が成立せず、不動産の売却はできなくなります。
財産の全容が把握できない
認知症にかかると、「財産を取られるかもしれない」という被害妄想から、銀行口座や通帳・印鑑、加入している保険などについて教えてくれなくなることがあります。
さらに、どこにしまっているかも忘れてしまうと、財産の全容を把握することが難しくなります。
すべての財産が分からないと、スムーズに相続が行えません。
遺言を残せない
スムーズな相続を行うためには、親御さんが生前に遺言を作成しておくのが一番です。
しかし、認知症にかかってしまうと遺言の作成自体が困難になります。
また、公証役場で作成する公正証書遺言は、最も信頼度が高く、相続開始後に家庭裁判所の検認なしで即座にその内容を執行することができる遺言です。
しかし、ここには落とし穴があるのです。
遺言書作成の最後に、その内容を公証人が遺言者に確認し、問題ないかどうか尋ねるのですが、遺言者が「はい」と答えれば公正証書遺言は完成します。
ということは、もし遺言者が認知症やアルツハイマーにかかっていたとしても、「はい」と言えさえすれば、公正証書遺言が完成してしまうことがあるのです。
作成当時に遺言者に遺言能力がなかったことが証明されれば、その公正遺言書は無効となってしまいます。
認知症の親の財産管理は?
認知症によって判断能力を失ってしまった親の財産を管理するためには、どうしたらよいのでしょうか?
- 成年後見制度
- 家族信託
成年後見制度
成年後見制度は精神上の障害(知的障害、精神障害、認知症など)により判断能力が十分でない人が、生活上、不利益を被らないように家庭裁判所に申立てをして、その人を援助してくれる人を付けてもらう制度です。
この成年後見人制度には、2つの種類があります。
法定後見制度
法律の規定によるもので、本人の判断能力が不十分になった後に家庭裁判所に選任の申し立てをします。後見人の選任・権限は、家庭裁判所によって決定されます。
法定後見には、本人の判断能力の程度の違いによって「後見」「保佐」「補助」の3つの段階があります。
[後見]
判断能力が欠けているのが通常である状態の人が対象
精神上の障害により判断能力が欠けているのが通常の状態にある人を保護・支援するための制度です。
家庭裁判所が選任した成年後見人が、本人の利益を考えながら本人を代理して契約などの法律行為をしたり、成年後見人が、本人がした不利益な法律行為を後から取り消すことができます。
[保佐]
判断能力が著しく不十分な人が対象
精神上の障害により、判断能力が著しく不十分な人を保護・支援するための制度です。
お金を借りたり、保証人となったり、不動産を売買するなど、法律で定められた一定の行為は、家庭裁判所が選任した保佐人の同意を得なければなりません。
保佐人の同意を得ないでした行為は、本人または保佐人が後から取り消すことができます。
[補助]
判断能力が不十分な人が対象
精神上の障害により、判断能力不十分な人を保護・支援するための制度です。
家庭裁判所の審判によって、特定の法律行為について、家庭裁判所が選任した補助人に同意権・取消権・代理権を与えることができます。
成年後見人等には、本人のためにどのような保護・支援が必要なのかなどの事情に応じ、家庭裁判所が選任します。
本人の親族以外にも、法律や福祉の専門家など第三者や、福祉関係の法人が選ばれることもあります。
成年後見人は複数選ぶこともでき、成年後見人等を監督する「成年後見監督人」が選ばれることもあります。
任意後見制度
本人に判断能力が十分あるうちに、本人の意思によって決めておくのが任意後見人です。
将来、判断能力が不十分になったときに備えて、あらかじめ本人の意思によって選んだ代理人(任意後見人)に、自分の生活、療養看護や財産管理について代理権を与える契約を公正証書で結んでおきます。
家族信託
認知症に備える対策として、最近「家族信託」が注目されています。
家族信託とは、自分の資産の管理や処分を家族に任せることです。
資産を家族に預ける立場の「委託者」、財産を預かり、管理・運用・処分する権利を持つ「受託者」、その財産から利益を受ける「受益者」の3つの立場から構成されており、受託者は委託者の信託目的に従って、受益者のために財産を管理・運用します。
ポイントは、委託者が認知症になる前に設定しておくことです。
もし本人が認知症にかかり意思決定能力が低下しても、受託者が財産を管理・処分することができるので、財産を凍結される心配がありません。
家族信託の手続き方法には、次の3種類があります。
- 委託者と受託者の間で契約書を交わし信託契約を結ぶ
- 委託者の遺言によるもの
- 委託者件受益者が信託宣言を行う
信託宣言は親が子を受益者とした財産管理を、他の財産とは別に管理したい時などに利用できます。
家族信託は成年後見制度に似ていますが、成年後見人は財産を本人に代わって維持・管理することが目的であり、負担と制約が多いというデメリットがあります。
一方、家族信託は、自由度の高さが大きなメリットです。
贈与や投資を含め、委託者と受益者の間で自由に設定できるのです。
また、最初に指定した受益者が亡くなった場合に備え、次の受益者も指定しておくといったこともできます。
被相続人が家族や親族に遺産の管理を託すため、高額な報酬は発生しないのも大きなメリットでしょう。
さらに、家族信託で預ける財産は、受託者の財産とは切り離して扱われます。
仮に受託者が破産したとしても、信託財産には影響ありません。これを信託財産の倒産隔離機能といいます。そのため安心して財産を受託者に任せることができます。
いざという時に親の財産が凍結されて慌てることのないよう、検討してみるとよいでしょう。
親が認知症になる前に……
親が認知症になってしまうと、家族はその財産を把握できない、売却できない、対策が取れない、まさににっちもさっちも行かない状態に陥ってしまいます。
- 介護が必要になった時どうするか
- 年金や貯蓄をどの程度、日々の生活費に充てるか
- 財産管理の方法(成年後見制度か、家族信託か)
- 施設入居など高額費用をどう準備するか
- 生前に贈与をするか
- 遺産の分割方法、遺言書の作成など
以上のポイントを押さえ、いざという時に財産が凍結されてしまわないよう、親が元気なうちに家族で十分話し合っておきたいものです。