ゴミ屋敷問題は近年社会問題として注目されており、ニュースの特集などでも度々取り上げられています。
自宅のみならず近所の住宅を巻き込む事故を引き起こしかねないほど、危険な状態のゴミ屋敷も増加の一途です。
もはや個人レベルの問題では済まされないゴミ屋敷問題。
増加しながらその規模も拡大傾向にある危険なゴミ屋敷問題に対処し、地域を巻き込んだ事故を回避する目的で、「行政代執行」という形で介入する自治体も増えています。
今回は、ゴミ屋敷の強制執行である行政代執行とは何か、そして行政代執行になった場合、費用はどの程度かかるものなのかについて、詳しく説明します。
目次
ゴミ屋敷における行政代執行とは何か
ゴミ屋敷問題は、ゴミ屋敷の近所に住む住人や周囲の環境に悪影響を及ぼす恐れがあります。
住宅の倒壊や火災といった、人命に関わる大きな事故につながる危険があることも無視できません。
ゴミ屋敷に関して、地域の安全を脅かすとして近所の住民から、情報や相談が自治体に入ることもあります。
この場合、自治体はゴミ屋敷の状況を確認します。
ゴミ屋敷問題解決に向けて、ゴミ屋敷の住人に対してゴミの処分や環境を改善を行うよう指導するといった介入をします。
ゴミ屋敷問題解決に向けた最終手段が行政代執行です。
行政代執行はゴミ屋敷に対する強制執行
行政代執行とは、行政代執行法1条と2条に定められた強制執行の一種です。
管理等の義務を負う者が地方自治体などの行政からの再三の指導を無視してその義務を履行しない場合、自治体などが強制的に義務を執行します。
その費用を、義務を負う者に対して請求します。
ゴミ屋敷問題における行政代執行も同様です。
自治体からのゴミの撤去指示を無視した場合、自治体がゴミの撤去を強制的に執り行います。
もちろん撤去に要した費用は、後日国税と同様の取り扱いで、ゴミ屋敷の家主に請求されます。
ゴミ屋敷が行政代執行されるまでの流れ
ゴミ屋敷の強制代執行までの過程は、自治体によって若干異なりますが、ほとんどの場合、以下の11もの流れを経て行われます。
- 近所の住民などから自治体に対して、ゴミ屋敷問題の相談
- 自治体職員によるゴミ屋敷の現場確認
- 自治体がゴミ屋敷の現状について調査を実施
- ゴミ屋敷として自治体が認定
- 自治体職員がゴミ屋敷に出向き、立ち入り調査
- 自治体職員が立ち入り調査を実施
- 立入調査の結果を受けて、ゴミ屋敷として指導の要否を認定
- 書面もしくは口頭で自治体からゴミ屋敷に対して改善を指導
- 書面もしくは口頭で、ゴミ屋敷改善の勧告
- 書面によるゴミ屋敷改善の命令
- ゴミ屋敷に対する強制措置としての行政代執行を実施
ゴミ屋敷の強制代執行は、執行されるまでに非常に長い時間を要します。
最初のステップでは、まず近所の住民等からゴミ屋敷に対する苦情の申し出や相談が必要です。
近所の住人などからの相談があってはじめて、自治体はゴミ屋敷の状況を確認します。
ゴミ屋敷の現地調査結果を受けて改善が必要と認定されれば、自治体職員によるゴミ屋敷に立ち入り調査に移行します。
立ち入り調査では自治体職員がゴミ屋敷の中に入って、直接ゴミ屋敷の住人と面談します。
この時ゴミ屋敷の住人には、立ち入り調査や自治体職員による面談を拒否することは禁じられているケースがほとんどです。
これに違反して立ち入り調査を拒否したり、自治体職員に対して虚偽の回答をした場合、住所氏名を公表されたり罰金を科せられる自治体もあります。
立ち入り調査の結果を審議し、ゴミ屋敷として正式に認定されると、ゴミ屋敷の住人に対して状況の改善指示が書面もしくは口頭で行われます。
ゴミ屋敷の状況が安全を確認できる状況に改善するまで自治体は調査と指導を行い、改善されなければ指導は勧告、そして命令と、より厳しい物になります。
それでも一向に改善が見られない場合は、最終手段としての行政代執行が執り行われます。
ゴミ屋敷の行政代執行までは長い時間を要する
ゴミ屋敷の行政代執行実施には、非常に長い時間を要します。
自治体先の項で紹介したように11もの段階を経るだけでなく、その過程で内で何度も審議会が執り行われるためです。
また指導回数も行政によってばらつきはあるものの、数年に渡って100回近い指導や面談をゴミ屋敷の住人に対して行うケースもあります。
現在までに実施されているゴミ屋敷の強制代執行も、周辺住民の申し出を受けてから10年近い年月を経てようやく実施に踏み切ったケースがほとんどです。
ゴミ屋敷の強制代執行までに膨大な時間がかかる理由
ゴミ屋敷は周辺住民も巻き込んだ事故を引き起こす可能性のある危険なものです。
早急に対処改善すべきはずでしょう。
しかし現実には、強制代執行には度重なる審議と、慎重すぎるほど再三の指導が行われます。
こういった過程を経ても、最終的には強制代執行を実施できないケースも少なくありません。
原因は、ゴミ屋敷には非常に複雑な問題が絡んでおり、これがゴミ屋敷対する強制代執行の実施を困難にしています。
詳しくみていきましょう。
ゴミ屋敷の強制代執行が難しい理由1:ゴミの所有権問題
全ての国民が法によって安全に暮らすための権利を保証されていることは周知の事実です。そしてゴミに対しても、所有権があります。
民法第239条第1項では、所有権について以下のように定めています。
- 道端に捨ててあるもの、落ちているものには所有権がない
つまり、たとえ第三者からは不衛生で危険に見えるゴミ屋敷を埋め尽くすゴミでも、ゴミ屋敷住人が住宅で所有している所有物の一つであると解釈できます。
その分量が、たとえ安全に管理できる分量を超越しているとしても、あくまで所有権はゴミ屋敷の住人に帰属するのです。
ゴミ屋敷の住人が「これらはゴミではなく自分の所有物である」と主張すれば、自治体がその権利を侵害することは許されません。
例えば配偶者が逝去して残された高齢者の場合、遺品整理も進まず、精神的にも弱り、ゴミ屋敷となるケースはよくあります。
しかしゴミ屋敷は私有地です。
ゴミ屋敷の住人が認めない場合、正当な理由がなければ自治体が自由に立ち入ることも許されません。
もし住人の意思を無視して立ち入れば、住居侵入罪に該当する恐れもあります。
ゴミ屋敷の住人に対話する意思がなければ、自治体にできることは、ゴミ屋敷の状態を維持することの危険性を住人に訴え続け、理解を求めることだけです。
住宅内に保管された物品と言い換えることもできるゴミ。
その所有者であるゴミ屋敷の住人の意に反して所有物を処分するためには、住人の権利を侵害して然るべき妥当性を、法的に慎重に証明しなければなりません。
自治体が市民の権利を一方的に奪う行為にならないために、何度も審議を重ね、自発的に所有物を管理するよう繰り返し指導するのはこのためです。
ゴミ屋敷の強制代執行が難しい理由2:ゴミ屋敷の住人自身のケア
ゴミ屋敷の問題は大変根深いものです。
強制代執行を行っても、時間を置かずに再びゴミ屋敷になってしまうケースも後を絶ちません。
なぜなら強制代執行でゴミ屋敷を解消しても、住人自身が抱える根本的な問題の解決にはならないためです。
ゴミ屋敷の住人には、うつ病や認知症、セルフネグレクトといった精神的な疾患を抱えている人が少なくないと言われています。
ゴミ屋敷自体の問題改善を図ると同時に、ゴミ屋敷の住人に対する精神的なケア、そして医療や福祉といった面からのサポートも必要です。
また自治体からのゴミ屋敷改善に向けた指導や勧告・命令に対する理解が十分にできない状態の住人に対しても、所有権を侵害せずにゴミ屋敷問題を改善するための説得をする努力も求められます。
ゴミ屋敷問題の背景には、強制代執行でゴミを撤去しても解決しない、深い闇を抱えた住人がいることは無視できません。
ゴミ屋敷の強制代執行が難しい理由3:ゴミ屋敷の強制執行にかかる莫大な費用負担
ゴミ屋敷の片付けや清掃には、かなりの費用がかかります。
ゴミ屋敷の行政代執行になった場合、物の量や部屋の広さなどによっては数百万円単位のコストがかかると言われています。
このコストは後日ゴミ屋敷の住人に対して請求されるものの、一旦は公費で立て替えなければなりません。
莫大な金額を動かすため、自治体内ではその妥当性を確認するための審議が行われるため、許可を得るまでに時間がかかります。
また立て替えの許可が降りなければ、強制代執行を実施することはできません。
ゴミ屋敷の強制執行に係る費用の問題はもう一つあります。
個人がゴミ屋敷の清掃を業者に依頼する際は、複数社から見積もりを取り、自分が支払える費用に合わせて依頼する作業量を調整しながら、最も安価な業者を検討することもできるでしょう。
しかし自治体による行政代執行の場合、使用する業者、そして作業内容とコストはほぼ定められています。
そしてこのゴミ屋敷の行政代執行に要した費用は、一旦自治体が立て替えるものの、行政代執行完了後にゴミ屋敷の住人に請求されます。
ゴミ屋敷の住人が納付を拒否する場合、国税の滞納と同じように強制徴収することも可能です。
しかしゴミ屋敷の住人の多くは高齢者や、心身に疾患を抱えていることがほとんどです。
到底数百万円ものお金を捻出するなど、不可能に近いことが多いです。
莫大な費用をかけてゴミ屋敷のゴミを撤去しても、債務者となるゴミ屋敷の住人に支払い能力がない場合、住宅の売却処分や福祉によるサポートが必要になるケースもあります。
強制代執行にかかる費用は立て替えているだけですから回収しなければなりませんが、費用の回収には非常に困難を伴います。
回収できなくなる可能性のあるコストを税金から捻出することはできないため、ゴミ屋敷の強制執行にかかる費用の立替払いの審議は大変難しくならざるを得ません。
これが行政代執行の実施を難しくする一因です。
ゴミ屋敷の対策条例の事例(愛知県名古屋市の場合)
ゴミ屋敷が社会問題になっていることを受けて、周囲に及ぼす危険を回避するために各自治体では条例を設けています。
その内容は自治体ごとに異なりますが、一例として愛知県名古屋市の「名古屋市住民の堆積物による不良な状態の解消に関する条例の概要」を例にとって具体的な内容をみてみましょう。
ゴミ屋敷対策条例の目的
「名古屋市住民の堆積物による不良な状態の解消に関する条例の概要」ではその目的を以下のように定めています。
第1条 この条例は、市民が居住する建物等に物品等が堆積され、又は放置されることにより発生する不良な状態を解消するための支援及び措置に関し必要な事項を定めることにより、市民の安全で快適な生活環境を確保することを目的とする。
参照元:名古屋市住居の堆積物による不良な状態の解消に関する条例について
ゴミ屋敷として認定される住宅の条件
ゴミ屋敷と認定される住居には以下に該当するものとして、以下の3つの条件を具体的に定義しています。
不良に物品が堆積もしくは放置されることで①ねずみ、害虫又は悪臭が発生している②火災発生の恐れがある③周辺の生活環境に著しい支障が生じている状態。
そしてこういった状態に陥っているゴミ屋敷については、近隣住民と相互協力し、地域の良好な生活環境を維持するために対策をとることを明示しています。
全国初のゴミ屋敷の行政代執行事例(京都府右京区)
日本で初めて条例に基づいてゴミ屋敷の行政代執行が実施されたのは平成27年11月、京都市右京区の事例です。
この時対象になったのは、ゴミ屋敷となっている木造2階建ての集合住宅の一室玄関前の私道に積み上げられた古紙を中心とした堆積物でした。
ゴミ屋敷の住人である50代男性は自宅内のみならず、住宅前の私道、そして公道までも私物であるゴミを堆積させており、平成21年から住民が自治体に苦情を申し立てていました。
平成24年に道路法に基づいて公道上のゴミは撤去したものの、私道部分のゴミ撤去には至らず、自治体からは120回以上の指導を重ねています。
一時期は住人男性も片付けの意思を見せましたが、片付けてはまた新しいゴミを持ち込む状況で、ゴミが減るどころかかえって増えていきました。
ゴミ屋敷の行政代執行が行われた時点で玄関前の私道に積み上げらた古紙などの量は、高さ約2メートル、幅約0.9メートル、長さ約4.4メートルにも及び、道路の幅約1.3メートルをほぼ埋め尽くす状態でした。
近隣住民からの申し出を受けてから指導に及んだゴミの堆積撤去に至るまで、約6年の歳月を要した事例でした。
まとめ
ゴミ屋敷の行政代執行を条例として定める自治体も増えており、それに伴って実際に強制執行されるゴミ屋敷も増えました。
しかしゴミ屋敷の問題は大変複雑で、解決には長い時間と膨大な労力を要します。
自治体が介入するほどのゴミ屋敷状態では、近隣住人とのトラブルも避けられません。
また行政代執行に伴い多額の負債を負うことにもなり、本人のみならず親族をも巻き込んだ大問題に発展することも少なくないでしょう。
住宅のゴミ屋敷化には、老化や精神的な疾患が大きく関与していると考えられています。
特に単身独居を営む高齢者の場合は、深刻な事態に陥りやすい傾向が見られるようです。
配偶者をなくし、遺品整理を1人でしなくてはならないような状況に追い込まれて気持ちが塞ぎ込んだタイミングなどは特に危険です。
実家にゴミ屋敷の兆候が見られる場合は、深刻化する前にゴミ屋敷の対応にも慣れた不用品回収業社などの協力を仰ぐことを検討すると良いでしょう。